今回は宝石鑑別のお話です
この仕事をしていますと、毎日たくさんの宝石に触れる機会があるのですが、それでもこの石って何?というようなそんな宝石に出会うことがあります。今回はそんなお話です。
とあるお客様がお持ちになられた古いリング。あまり見かけない綺麗な濃い緑色をした透明石が付いております。
古いながらも綺麗なリング
脇石はダイヤで量は多くないものの質は悪くないです。枠の内側を見ると「Pm」と「850」の2つの刻印のみあります。この刻印の打ち方からするとおそらく40~50年位はたつのではないかという商品です。
Pm850の刻印
ん、この石なんだろ?という疑問が久しぶりに沸いてきます。第一感は、ガラスやキュービックジルコニアなど人工的な宝石ではないかということ。しかしこの時代にキュービックジルコニアはなかっただろうし、ガラスにしては妙に照りが良く、屈折率や硬度の高さがうかがえます。
ならば天然石でしょうか。緑色透明石といえば、その代表格はいわずと知れたエメラルド。ただしこの石の色はやや青みがかかった色をもつエメラルドの色とは少し違うし、エメラルドに一般的な内包物も含んでいません。天然石で印象が近いのは俗にツァボライトと呼ばれるグリーン・グロッシュラー・ガーネット。ガーネットというと赤い色を想像する方が多いと思いますが、緑色もあります。でもその線も薄いと思います。というのもこの宝石が一般的になったのはもう少し後のことで、その時代に流通していたとは考えづらいからです。
ということで、ここで屈折計の出番です。屈折計では屈折率を計ることができます。屈折率というのはその宝石特有の数値を示すもので、一般的に目にする宝石でもっともこの数値が高いものはダイヤモンドです。このためダイヤモンドは他の宝石に比べて圧倒的に輝きが強く、その美しさの要因の1つとなっております。
屈折計
さて、屈折率を計ってみると、なんとオーバースケール、つまり当店の屈折計で測れる屈折率の上限である1.78以上を示しています。こうなってくると、屈折率の低いガラスの可能性は消えます。屈折率の高いキュービックジルコニアは対象に入りますが、この時代にはなかったはずです。ならば、天然石で考えると、エメラルド(屈折率約1.57)、グリーン・グロッシュラー・ガーネット(屈折率約1.74)の可能性も消えてきます。また、その他のほとんどの宝石の可能性も消えてしまいます。
うーんと考えてしまいました。でもちょっと考えてみて、1つの可能性に思い至ります。アンドラダイト・ガーネットです。アンドラダイト・ガーネットはグロッシュラー・ガーネットよりも屈折率が高く、緑色のものもあります。なかでもデマントイドと呼ばれるものは希少性も高く良質のものは高値で取引されます。しかしこの石はデマントイドっぽくはありません。特有のインクルージョンが見られないからです。ただノーマルな緑色のアンドラダイト・ガーネットの線があるかもと思いました。が、アンドラダイト・ガーネットはそれほど宝石として見かけるものでもありませんので、あくまで可能性があるというぐらいの話です。
と、ここまで考えながら、お客様の品物の査定をしていて、結局結論は出ませんが、はっきりとしない中石の部分も少しプラス査定をして、買い取らせていただきました。そして結果はどうであれ、この石がなんであるかが非常に興味があり、東京・御徒町にある鑑別機関のソーティングに出しました。
ソーティングというのは簡易的に鑑別結果だけを知りたい場合に利用する方式で、鑑別結果が印字された袋に入った状態で品物が帰ってきます。鑑別機関には高度な機械が多数置いてあり、我々が判別できなかったものでも判別してくれますので、業界内では日常的に利用されております。
そして2週間後、気になる鑑別結果は、
ソーティング結果:YAG
え~、やぐぅ~?!。なんと、正式名称、人造イットリウム・アルミニウム・ガーネット、通称YAGでした。そうか、YAGの存在を忘れてた~。YAGを見たのは鑑別機関で鑑別の勉強をしていた時以来、20数年ぶりです。また、この時は、ダイヤモンドの偽物として一時期使われた無色のYAGを見ていたので、色がついているものは今回が初めてです。
なるほど、YAGはかつてダイヤの類似石として使われていたものの、よりダイヤモンドに近い特性を持つキュービックジルコニアが登場してからはほとんど姿を消した人工的な石です。現在はキュービックジルコニアが色々なカラーで作られていて、装飾的に用いられることがたまにありますが、かつて同じような役割を果たしていたのがYAGだったわけですね。枠はちゃんとプラチナで、ダイヤも脇に入れてますから、さながらエメラルドの代わりとして当時入れられたんでしょうね。何だか妙に納得してしまいました。ガーネットだけあってた(^^;;)
ちなみにYAGは人工石ですから、宝石的価値はほぼなく、今回はソーティング代に特殊検査料金も加算され、数千円の経費が掛かってしまいました。それでも結果が分かって妙にすっきりとしたせいか、なぜか損した感があまりありません。
というわけで、古い枠だけに今はあまり見かけない当時の天然石の可能性があるかもしれないという目論見がくずれ、ただの人工石だったというお話ですが、我々もこのような失敗をときどきしながらも、日々色々な石と向き合い、少しでも値段に反映させていけたらと思いながら査定をしているということを分かっていただけたらと思います(←言い訳(^^;;))