機械式時計の3大複雑機構の1つ、トゥールビヨン

熊谷質店

今回は複雑時計の秘密に迫ります

第13回 トゥールビヨン

前回、永久カレンダーについて取り上げたので、今回も機械式時計の三大複雑機構の1つ、トゥールビヨンについて紹介します。

機械式時計の仕組み

トゥールビヨンのお話をする前に、機械式時計の仕組みについて簡単に説明します。そもそも、機械式時計とはどのような仕組みで動いているのでしょう。機械式時計の動力はぜんまいですが、ただぜんまいを巻いて開放しただけでは時計の針があっという間に進んで、すぐに時計は止まってしまうでしょう(^^;;)。ぜんまいの動力を少しずつ開放し、一定の速度で針を動かしてやる機構が時計には必要です。これを行うのが調速機・脱進機と呼ばれる機構です。下の図でいくとガンギ車からアンクル、テンプにいたる部分がこの機構にあたります。

ここで使われているのは実は振り子の原理と同じです。振り子は重力の働きで、(振り幅に影響せず)等間隔で往復運動を繰り返します。昔は柱時計(振り子時計)などもありましたね。しかし腕時計に振り子を使うわけにはいきません。そんなスペースはありませんし、だいいち腕が色々な方向に動くので振り子がめちゃくちゃになってしまいます(^^;;)。そこで腕時計には下の図のような機構が搭載されています。

機械式

図中にあるガンギ車は、時計の各針と連動している歯車につながっておりますから、ガンギ車を正確に規則的に動かしてやれば時計として機能するようになります。ガンギ車はぜんまいの動力で動き続けようとするわけですが、それをアンクルの2つの爪が止めたり、進めたりすることで一定速度を作り出します。そして、そのアンクルに一定の往復運動をさせるためにテンプとヒゲゼンマイがあるわけですが、ここで使われているのが振り子の原理です。

ちょっと分かりずらいのですが、ここではヒゲゼンマイの伸縮(円状に巻いてある部分がバネのような働きをします)が振り子でいう重力の代わりになっています。これによりテンプが振り子のおもりのように規則的な往復回転運動を行うようになり、アンクルの規則的な運動が作り出されます。テンプは放っておくと(振り子と同じで)徐々に運動が弱くなってしまいますが、一連の動作の中でアンクルから振り石を経由してテンプにも動力が伝わるようになっていますので、止まることはありません。

トゥールビヨン

さて、本題に入ります。機械式時計が動くためには重力は必要ありません。しかし重力の影響をまったく受けないわけでもありません。時計のそのときの向きの違い(姿勢差)が、テンプやアンクルの運動にわずかながら影響を与えますから、精度にも若干の影響は出ます。

これを解消する方法を考え出したのが、前回も登場した18-19世紀の時計師、アブラアン・ルイ・ブレゲです。ブレゲは時計の歴史を200年早めたともいわれている天才時計師で、かのマリー・アントワネットの時計なども製作しました。

ブレゲ時計
天才ブレゲとマリー・アントワネットの懐中時計

ブレゲの考案した方法は原理的には簡単です。テンプやアンクルなどの姿勢差の影響を受ける部分全体を固定しておくのではなく、少しずつ回転させようというものです。全体が回転すれば重力の影響が分散されることになるわけです。この機構がトゥールビヨンです。

トゥールビヨンは、理屈こそ簡単ですが、それを機械的に行うのには複雑なメカニズムと技術が必要となります。現代の一流時計メーカーでもトゥールビヨンの時計を製作し発表するというのはひとつのステータスのようになっております。価格は定価1,000万以上のものがずらりと並びます。

トゥールビヨンとは、フランス語で渦を意味する言葉のようです。確かに機械がゆっくりと回転していく様子は渦のようにも見えます。トゥールビヨンの時計は、その美しい動きがいつでも見られるようにその部分が必ずスケルトンになっております。現在では3次元的に回転するトゥールビヨンも作られております。

ところで、トゥールビヨンの精度は本当にすごいのか、という話ですが、トゥールビヨンというもの自体が姿勢差の影響を少なくするためだけのものですし、精度に影響を与える要因はそれ以外にもあるわけですから、それほど関係があるのかという感じもします。まして、ブレゲが考案した時代のトゥールビヨンは懐中時計用のもので、腕時計の場合は懐中時計に比べてはるかに色々な姿勢差が生まれますから、2次元的なトゥールビヨンでどこまで補正が効くのかなという気もします。第一、今の時代は精度が抜群に高いクォーツというものがありますから、精度にそれほどこだわること自体が昔と違ってあまり意味がないことなのかもしれません。

しかし、遠い昔に1人の天才時計師が考えた複雑な機構が、現在の小さな腕時計の中に詰め込まれているなんてことを考えると時代を超えたロマンを感じます。「トゥールビヨン」は技術の粋を集めた機械式時計として、これから先もおそらくずっと時計を愛好する人々の心を魅了し続けるのだろうと思います。

ブレゲ社製ルクルト社製
左・ブレゲ社製 / 右・ジャガールクルト社製
6時の位置に見えるのがトゥールビヨン機構。
(ルクルトのトゥールビヨンは球体となっており3次元的に回転する)