宝石の中で圧倒的な美しさを誇るダイヤ

熊谷質店

その類似石にもいろいろあります

第16回 脅威のダイヤ類似石

ダイヤの類似石といって真っ先に思い浮かぶものといえば何でしょうか。ちょっと宝石に詳しい方ならきっとジルコニアを思い浮かべると思います。ジルコニアは、正式にはキュービック・ジルコニアという人間が作り出した鉱物で、自然界には存在しません。現在、ダイヤモンド・ジュエリーのイミテーションにおそらく最も多く用いられており、見た目もダイヤモンドに近いものがあります。

ところが十数年前、我々の業界をあっといわせる新手の類似石が登場しました。これがモアッサナイトと呼ばれる石です。

モアッサナイト

モアッサナイトは化学式SiCで表される物質で、これ自体は元々工業用の用途があり人工的に生産され用いられていたものです。しかし、SiCの単結晶を合成し、それを宝飾用に用いられるようになったのが今から十数年前のことです。

もともとSiCは研磨剤に使われていたくらいですから、十分な硬度を持ちます。さらにその結晶であるモアッサナイトの持つ特性値はこれまで使われてきたどのダイヤ類似石よりもダイヤに近い値を持っています。

鉱物名化学組成屈折率分散比重硬度熱伝導率
ダイヤモンドC2.4170.0253.5210極めて高い
ホワイト
サファイア
Al2O31.761-1.7700.0114.009低い
キュービック
ジルコニア
ZrO2+α2.190.0605.608-8.5非常に低い
モアッサナイトSiC2.648-2.6910.1043.219.5非常に高い

モアッサナイトの屈折率は、なんとダイヤモンドを超えています。また、硬度もサファイアの9を超え、もっともダイヤに近い値を持っています。ダイヤモンドの美しさを作り出している最も重要な要素が、屈折率の高さと硬度の高さです。この2つの値をダイヤに近づければ、ダイヤに近い美しさを持つ石となっていきます。そしておのずとダイヤの真贋判定も難しくなっていくわけです。

熱伝導率

さて、前項でモアッサナイトのダイヤモンド類似石としての優れた特性がお分かりいただけたかと思います。しかし、十数年前モアッサナイト登場時に我々を最も驚かせたのは、モアッサナイトの熱伝導率だったのです(上の表の一番右)。

熱伝導率とは、その物質の熱を伝える速さを表したものです。熱伝導率が高ければ高いほど、熱が早く伝わります。例えば、真夏に日陰の鉄柱に触るとひんやりとして気持ちがいいですよね。真冬の寒い日ならば、木でできた床を歩いた方が、大理石の床を歩くよりも足が冷たくならないでしょう。これらは熱伝導率の差により起きています。一般的に熱伝導率は金属>石>木の順番ですから、熱伝導率の高い金属に触れると、それよりも温度の高い体温がすばやく移動して冷たく感じられます。木は熱伝導率が低いですから、体温の移動はゆるやかですから、それほど冷たく感じられません。

熱伝導率の数値というのは調べてみると結構おもしろいものです。代表的な物質の熱伝導率を表にしてみました。

 物質熱伝導率 (W/m・K)
金属420
370
300
アルミ200
70
プラチナ70
鉱物・
その他
ダイヤモンド2000
モアッサナイト490
サファイア40
水晶8.8
大理石2.8
ガラス1.0
木材0.2

※この数値は資料により若干の違いがあります。あくまで参考程度にとどめてください。

ずば抜けて高い数値を持つダイヤを除けば、一般的に金属がやはり高く、鉱物類は低いです(モアッサナイト、サファイアも鉱物の中で例外的に高い数値を持つものです。水晶やガラスを見れば分かるように他の鉱物はずっと低い数値です)。話がそれますが、銅が意外と高いのに驚きました。銅を使った炊飯器があるのはこのためなんですね。

さて、この表からモアッサナイトを除いてみてください。十数年前までは、鉱物の中で一位のダイヤと二位のサファイアの差が実に50倍もあったわけですね。この熱特性の差に目をつけたダイヤモンド鑑別器具があります。「ダイヤモンド・テスター」と呼ばれている器具です。この器具は熱伝導率と関係が深い熱慣性という特性を使ってダイヤモンドとその他の石を簡単に区分けすることができます。この器具はダイヤを扱う業者は必ず持っているといっていいくらいのベストセラーになりました。

では、モアッサナイトはどうか。結論からいうと、モアッサナイトは「ダイヤ」として判定されてしまいます。ダイヤとの差はあるものの、サファイアよりもだいぶ熱伝導率が高く従来の機械では対処できなかったわけです。これが当時モアッサナイトが騒がれた一番の理由です。(現在のダイヤモンド・テスターでは両者が判別できるほどの精度を持つようになっています)

モアッサナイトの弱点

では、モアッサナイトには弱点がないのかというとそうでもありません。最初の表でモアッサナイトの屈折率はダイヤと違い、範囲が示されているのが分かると思います。モアッサナイトの屈折率は1つの値では示せません。石の中で光が2方向に分かれる性質(複屈折)を持つからです。ですから、モアッサナイトの中をルーペでのぞくと、バックファセットのエッジや反射像が2重に見えます(ダブリング)。ダイヤの場合は単屈折性ですから、このようなことはありません。

我々は常にルーペで鑑別、鑑定を行うので、この違いによりモアッサナイトは確実に区別できます。

モアッサナイトの現状

モアッサナイトが登場してから十数年。現在それほどこの石が出回っているわけではありません。ダイヤ類似石の代表格キュービック・ジルコニアと比べると、コストもはるかに高くつくからかもしれません。ただし、もしモアッサナイトで品物を作るとしたら、これはダイヤとして取引するための悪意をもったものがほとんどだと思われますから注意が必要です。当店でも実際に見かけたことは2回ほどしかありませんが、いずれも1ct以上の大きな石でした。情報によれば、架空の鑑別機関が発行した鑑定書まで付いているものもあるようです。

最近では、ブラック・ダイヤが割と人気が出てきているので、これにモアッサナイトが使われるケースもあるようです。いずれにしてもモアッサナイトとダイヤの区別は、素人目には難しいので、ダイヤを購入する場合には信用のあるお店から購入することが重要だと思います。