機械式時計でもクォーツ式時計でもない不思議な時計

熊谷質店

2006年セイコーが発表したスプリングドライブです

第17回 第3の機構・スプリングドライブ

1998年、セイコーが新たに発表した時計は世界中を驚かせるものでした。これは、機械式でもクォーツ式でもない新しい機構「スプリング・ドライブ」を搭載した時計だったからです。

機械式とクォーツ式

従来の時計をその方式で大別すると、機械式とクォーツ式の2種類に分けることができます。

機械式は文字通り機械部品だけで作られている時計です。ぜんまいの力のみを動力とし、振り子の役割をする機構で時計としての精度を作り出しています。手巻きと自動巻きの2種類があり、自動巻きの方はローターと呼ばれる回転子が人の動きに合わせて回転しますので、自動的にぜんまいが巻き上げられます。手巻きの場合には、普通1日1回自分の手でぜんまいを巻き上げる必要があります。

一方のクォーツ式はいわば電子回路を用いた時計であり、電気の力で動き、その精度を保ちます。電池の交換が必要ですが、機械式に比べ圧倒的に高い精度を誇ります。コストも安く作ることができます。

オート・クォーツ

クォーツ式では電池交換が定期的に必要になるという煩わしさがあります。これを解消するのがオート・クォーツと呼ばれるものです。オート・クォーツの時計には自動巻きの時計に使われるローターが組み込まれており、これを用いて自動的に発電が行われ充電池に充電されます。結果的に自動巻きの時計と同じように、身に付けてさえいれば電池切れを起こさないような仕組みになっています。オート・クォーツはメーカーや年式によってAGSやキネティックと呼ばれることもあります。

オートクォーツは、かつてオメガやエルメスといった海外有名ブランドの時計にも見られましたが、最近ではあまり見かけません。現在では、光発電の仕組みが安価に組み込まれるようになっておりますので、必要性が薄くなってきているのかもしれません。とはいえ、セイコーのキネティック・シリーズなど、現在でも進化を続けている時計もあります。下の写真右側の時計には、手巻き発電機能付きの最新のキネティックが搭載されております。パワーリザーブ機能も付いていて、機械式時計のような風合いがありますね。

AGSブライツ
日本製オートクォーツの機械(左)
セイコー・ブライツ・フェニックス(右)

スプリング・ドライブ

オート・クォーツは電池交換こそ不要ですが、まぎれもないクォーツ式の時計です。今回の本題となるスプリング・ドライブは、クォーツ式と機械式のいいとこ取りの方式で、そのどちらとも言いがたく、いわば第3の機構ともいえるものです。

スプリング・ドライブでは、まず、ぜんまいの力で内部にあるローターをまわします(下の写真ではぜんまいを巻き上げるためのローターもありますがこれとは異なります。右側の図に書いてある部分を指しています)。この際、ローターの回転運動とコイルにより微小な電力が発電されます。その電力により水晶振動子を振動させ、そのパルスをIC部でカウントすることで正確な時間を計算します。この部分は、クォーツ式と同じ原理です。それに合わせて、今度はローターに電磁ブレーキをかけて、ローターの速度を調整して、針を時間通り正確に運動させます。電磁ブレーキをかけることが新たな発電を生みだすようにもなっています(この辺は速度を落とすことで充電するハイブリッドカーの機構にも似ていますね)。

スプリング・ドライブスプリング・ドライブ
スプリング・ドライブ

この方式では、動力はすべてぜんまいによるものですから、針がスムーズに動いていきます。クォーツ式のようにステップモーターによる1秒毎の運針は行っておりません。この部分では、機械式時計のような振る舞いです。しかし、精度をつかさどる部分、調速機構のメカニズムについてはクォーツ式と相違ありません。なのでどちらかに分類するということは難しいです。新たな機構をもつ第3の時計といえるのではないでしょうか。

スプリング・ドライブならではのメリットもあります。動力がぜんまいによるものですから、クォーツ式よりも大きな針を動かすことができます。針の動きは、機械式をさらに上回るスムーズなスウィープ運針となります。機械式のような調速機構は持たないため、衝撃に対する強さや耐久性はクォーツに近いぐらいあるわけです。もちろん、時間は正確で、電池もいりません。

スプリング・ドライブの歴史、今後

スプリング・ドライブの原理が考案されたのは、実に1977年にまで遡ります。世界初のクォーツ時計をセイコーが発売してからまだ十年も経たないうちに、開発者たちの頭にはもう次世代の時計の発想が生まれていたわけですね。それから特許を取得し、開発が始まるわけですが、実際にバーゼルでプロトタイプの発表にいたるまで20年の歳月が費やされたわけです。この間、開発と挑戦が繰り返されては中断し、第3次開発でようやく製品化にこぎつけたようです。これには、工業製品のIC技術の進歩や工作精度の進歩が不可欠だったようで、あきらめずに挑戦し続けたセイコー社の努力と執念の結晶ともいえるわけです。

現在、最新のスプリング・ドライブは、駆動時間が72時間、平均月差が15秒というスペックを持っております。また、自動巻きのものやクロノグラフなども製品化されております。今後はどのように進化していくのでしょうか。

世界で唯一無二のムーブメントであるセイコー社のスプリング・ドライブ。グランド・セイコーやクレドールなど、セイコーのフラグシップモデルの一部に使用されております。もし機会があれば、バックスケルトンのケース裏側から見える「見たことのない」機械の動きに注目してみてください。

(下の写真は、グランド・セイコーのオーソドックスなスプリング・ドライブ搭載モデル。シンプルでありながら最高の精度を追求するグランド・セイコーにとって、スプリング・ドライブは最高のコンビなのかもしれませんね。)

スプリング・ドライブ
グランド・セイコー スプリング・ドライブ
SBGA081 定価 ¥661,500