蓮の花を意味するパパラチャ

熊谷質店

その他、宝石の処理についてのお話です

第19回 パパラチャと宝石の人的処理

宝石に詳しい方なら、「パパラチャ・サファイア」という名前をきっとご存知なのではないかと思います。このパパラチャ、非常にきれいな宝石なのですが、ちょっと訳があって取り扱いがなかなか難しい宝石の1つです。今回はパパラチャについてのお話です。

パパラチャ・サファイアとは

名前の通りパパラチャはサファイアの一種です。単にサファイアといった場合一般にブルーの石を指しますが、サファイア自体のカラー・バリエーションは実は非常に豊富で、無い色はないというくらい様々な色のものがあります。ブルー以外のサファイアは、「グリーン・サファイア」などのように色の名前を冠して呼ばれます(赤だけは例外で「ルビー」になります)。パパラチャ・サファイアはオレンジとピンクのちょうど間の色で、帯ピンク橙色あるいは帯橙ピンク色などと呼ばれる何ともいえない微妙な色をしたサファイアを指します。

「パパラチャ」とはサンスクリット語で蓮の花を意味する言葉です。その繊細な色調は大変美しく、産地は当初スリランカのみでしかも産出量が非常に少なかったため希少性が高く、「サファイアの王」などと呼ばれたこともあります。

パパラチャ 蓮の花

パパラチャ問題

2001年にマダガスカルから高品質のパパラチャが大量に国内に持ち込まれました。そして、このマダガスカル産のパパラチャには、今までとは異なる新しい処理が施されていたのです。この処理をベリリウム拡散処理(バルク・デフュージョン)といいます。具体的に言うと、ベリリウムという元素を含む鉱物(クリソベリルなど)とピンク系サファイアを一緒に高温で加熱し、ベリリウム元素をサファイア原石の表面部分に移動させ、そのベリリウムの効果でパパラチャ・カラーを作り出すという処理方法です。

ベリリウム拡散処理
ベリリウム拡散処理された石の断面

この処理を施されたパパラチャ・サファイアは一見きれいに見えても、その色が付いているのは表面に近い部分だけで、中の方はもともとのサファイアの色のままです。これは本来その宝石の個体が持っている発色の要因(素質)を引き出したものではなく、人的処理によりむりやり作り出されたものですから、感覚的に見ればトリートメント(処理石)に相当するものです。しかし、トリートメントには相当しないのではないかという意見もありました。

というのも、サファイアに対して加熱処理を行うという行為自体は、すでに広く行われておりこの処理については処理石扱いとはされていません。今回の場合、他種鉱物と一緒に加熱処理したものが偶発的に入り込んだものであるとするならば、これを処理石とするべきなのか。また、他種鉱物の元素が加熱により入り込むというプロセス自体は自然界でも起こりえることなのではないか。これまでに処理石とされていた表面拡散処理(やはり表面のみに色を浸透させる)よりは浸透領域がかなり深く、したがって色の恒久性はある程度認められるのではないか。などなどです。。。

サファイアの表面拡散処理
従来の表面拡散処理されたサファイアの断面

当時その対応については鑑別機関の間でもずいぶん議論されました。色石、特にパパラチャの鑑別において国内で最高権威といわれた鑑別機関でさえ、当初、トリートメント(処理石)としないで鑑別書を発行しておりました。

そして、こうした問題のパパラチャは、詳細な取り扱いが決定される前に百貨店などでも販売されてしまい、このことがマスコミで騒がれ、百貨店などではしばらくパパラチャを回収、また販売を中止する騒ぎになりました。これがパパラチャ問題です。

海外の鑑別機関では早い段階でこの処理についてはトリートメント扱いすることが決められましたが、日本では、主要な鑑別機関ではしばらくパパラチャの鑑別を中止して、その間議論が重ねられてきました。その後パパラチャのみでなく、青系を除く様々な色のサファイアでもこの処理が行われた石が見られるようになり、それらの鑑別方法、表記についても取りきめを行う必要も出てきました。

最終的には2004年9月以降、鑑別団体協議会(AGL)加盟の大手鑑別機関では、パパラチャを含むサファイアの鑑別書における書式が統一され、新しい処理が施されているものについてはそれが明記されるようになりました。パパラチャにおいては、新しい処理がされていないかどうかの検査、退色テスト(これは別途放射線による着色石への対応)によって色が変化しないかどうかの検査を通過したものに限り、鑑別書にパパラチャの言葉を入れることが認められるようになりました。つまり、上記の新処理はトリートメント扱いにし、パパラチャとは認めないようにすることが決まったわけです。

パパラチャの選び方

というわけで、パパラチャを購入する際には、単に鑑別書がついているかどうかだけでなく、鑑別書の時期についても注意する必要があるわけです。2004年9月以降に発行された鑑別書できちんと「パパラチャ」の文言を含むものであれば、安心して品物を購入することができます。2002年10月以降、鑑別書には日付が記載されるようになりましたから、それを確かめることをお勧めします。鑑別機関にもよりますが、鑑別書の右下あたりに6桁の数字が印字されていると思います。それが例えば、「022814」などと表記されていたら、2014年2月28日に発行されたものです。

もちろん発行している鑑別機関も重要です。特にパパラチャの場合、色の判断が重要で、鑑別機関によってパパラチャの色範囲かどうかの差が出ることもあります。中央宝石研究所やAGTなど大手の鑑別機関が発行する鑑別書付きのものをお求めになられることを強く推奨します。

※補足・エンハンスメントとトリートメント

宝石には人的処理が施されている場合が数多くあります。その中でもエンハンスメントと呼ばれているものについては、その処理が容認されております。これは、その宝石の持つ潜在的な美しさを引き出すために人間が手助けするような処理の場合で、いわば宝石の改良とみなされています。

例えば、ルビーやサファイアの仲間にはほとんどの場合、原石に対して加熱処理が施されております。しかし、この場合の加熱処理は天然のプロセスの延長線上にあるということ、加熱しても元々発色する素質がない石については色が変わらないということ、発色した色が褪せることが無いということなどの理由でエンハンスメントとして位置づけられています。現在では、ルビーやサファイアについては加熱処理していないものの方が非常に珍しく、非加熱の石として通常よりも高く取引されております。

また、エメラルドには多くの場合、無色のオイルが含浸されていますが、これもエメラルドという石の性質を考えると、美しさを維持するために必要な処理とされており、エンハンスメントの範囲とされております。

一方、トリートメントの方は、石の美しさを改変するための人的処理とされています。例えば石の表面に色の層をコーティングしたり、石に放射線を当ててむりやり色を変えてしまうような処理です。この場合は元々の石の素質に関係なく、色を改変しているわけで、しかもその色もたいていの場合は永遠に保たれるようなものではありません。

重要なのは、トリートメントが施されている石については、完全に処理石とみなされるため、宝石としての価値がほとんどなくなってしまうということです。エンハンスメントは、施されていたとしてもごく普通に行われている処理なので、価値を下げることにはなりません。その宝石に対して行われている処理がエンハンスメントなのかトリートメントなのか確認する必要があるということです。

ところが、困ったことに、サファイアの新処理の問題が起きて、2004年9月以降の全ての宝石の鑑別書から「エンハンスメント」という記述がなくなり、「・・・の処理が施されております」のような具体的な処理内容を表す文言だけになってしまいました。エンハンスメントとトリートメントの判断基準はどうしてもあいまいな部分があるので、パパラチャの時のように消費者に迷惑をかけることがないよう、このような表記にかわったわけです。しかし、これでは鑑別書を見ただけでは、その処理がエンハンスメントとされてきたものか、トリートメントとされてきたものなのか分かりません。

エンハンスメントとトリートメントの価値の差というのは変わらず存在しますから、消費者は鑑別書に記述されている処理の内容について販売店に確認するなどして把握する必要が出てきたわけです。